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「往生際の悪いもの」としてのゾンビ

物語の考察

こんな本を買いました。

 

ゾンビでわかる神経科学

ゾンビでわかる神経科学

 

 

こんな本を買っておいてなんですが、ぼくはホラーものが大変苦手です。小さいころなんかは大嫌いで、よくロードショーのインディ・ジョーンズ(魔宮の伝説)を親が見ていて、びくびくおびえていました。

 

そんなわけで、ゾンビなんかがでてくるホラーも大の苦手。不気味なゾンビ、感染してゾンビ化する人間……ああ、いやだいやだ。

 

ところがしかし、大人になってふと振り返ってみると、ホラーではないにしろ、好きな創作物にゾンビものが結構多いことに気がつきました。どうしてゾンビものみたいなホラーの権化に、お気に入り作品が多いのか、おすすめのゾンビものを紹介しながら考えてみたいと思います。

◉音楽に登場するゾンビ編

筋肉少女帯「再殺部隊」

大槻ケンヂの耽美な世界観が光る名曲。動く屍としてよみがえった少女を殺すための軍隊、再殺部隊。この部隊に所属する少年の葛藤と、血まみれでも抱いてほしいという少女の願いを歌う。高校生くらいのときに聞きまくってましたね。

屍となった少女の視点が登場するのが特徴的で、ゾンビの抱える悲哀というものを初めて意識したように思います。少女が屍になりながらも歩くのは、もう一度好きな人と会うためと語られます。

 

ピアノゾンビ「Hold Me Die」

バンド名からゾンビを冠するロックバンド・ピアノゾンビのバラード。ピアノゾンビの曲の多く(最初の頃のアルバムなどは顕著に)は、ゾンビものです。

この曲のゾンビが昇天できない(土の中から出てきた)のは「きみと過ごしたときが愛おしすぎて」という理由です。基本的に、主人公がゾンビであるということはバッドスタート・バッドエンドを予感させて、じめじめとした印象を作品に持たせることに役立ちますね。

 

でんぱ組.inc「永久ゾンビーナ」

 アイドル・でんぱ組のハロウィンソングですね。上の二曲と同様に、恋愛をテーマにしたゾンビソングなのですが、決定的な違いはゾンビという性質の違いです。上の二曲においては、(明言されていないところもありますが)ゾンビ化は死後に起こります。なにかの原因で死んでしまい、未練のある恋のためによみがえります。一方、この曲においては「フラレても蘇る」ということで、フラレるということが死として描かれています。

 

この差は小さいようで、わりと面白い差であり、ゾンビものの魅力をわかりやすく表しているのでは何かと思います。

「永久ゾンビーナ」においては、直接的な死ではなく、失恋=恋愛における死をゾンビ化の原因としています。ゾンビという状態は物語において「終わり(死)にもかかわらず、何らかの感情が往生際悪く残り続けている状態」に置き換えることができる仕組みとなります。

 

こうした往生際の悪いもの、未練、心残りというのは、言わずもがなで物語の推進力になりやすいですし、ゾンビ化という状態がこうした感情を視覚的・物理的に示すことの助けになります。

 

こんなような形で、ゾンビもの(音楽)を紹介しながら、ホラーではないゾンビものの秘めた魅力について語ってみました。次回は別のゾンビものを紹介するか、または、ゾンビ状態の方程式を利用し、なにかお話を考えたいと思います(冒頭で紹介した本も、また感想を紹介できれば……)。